Y氏の終わり (ハヤカワ・ノヴェルズ)
Y氏の終わり (ハヤカワ・ノヴェルズ)
牧野千穂(イラスト)
田中一江(翻訳)
早川書房
グループ:Book /ランキング:48035
価格:¥ 2,100
発売日:2007-12-14 /通常4〜6日以内に発送
牧野千穂(イラスト)
田中一江(翻訳)
早川書房
グループ:Book /ランキング:48035
価格:¥ 2,100
発売日:2007-12-14 /通常4〜6日以内に発送
カスタマーレビュー
おすすめ度:
巨大な規模の現代哲学的魔術の物語
(2008-02-24)
これは途方もない大きさを持つ偉大な文学で,おろそかには扱えない.読んだ人達が皆死ぬか消える話としては,日本にも川又千秋の'幻詩狩り'(1984)がある.この作品では女主人公 Ariel が Jacques Derrida の哲学が好きで,かつ雑誌記者として科学者たちにインタビューを重ねるうちにシュレーディンガーの猫とかオルバースの背理などの思考実験 (独:Gedankenexperiment) に魅せられ,これをテーマに博士論文を書こうと決意し,適当な教授のお蔭でさる大学にも籍を置くことになる.これが呪われた Thomas Lumas の'Y氏の終わり'と出会うきっかけとなり,時空を超えた旅のきっかけになる.現代イギリスの風俗(大学,薬屋,パブなど)の描写は抜群で,逆にイギリスを知らない人には理解困難かも知れないが,訳は完璧である.この魔書が何と事実上全部再録されているのがこの作品の特異な点である.他個体の心(最初は鼠だった)へのジャンプは魔書に記された homeopathy 用の薬の服用による 'troposhere' なる距離が時間に等しい異世界経由でなされるが,次第に直接的なジャンプも可能になる.行方不明になった教授をこの方法で見つけ,魔書の本来の所有者にも会う.CIA agents がこの本を追うので,いっそ19世紀に飛んで本の出版を阻止し,この本が 'なかったことにする' 計画を立て,時間旅行のパラドックスも哲学的に解決し(この部分は Baudrillard の哲学の議論があって難解)実行に移す.大学で同室だった Adam と troposphere の旅を続け,衣服を失い,遂に一本の木がある garden に辿りつく.私はだれでしょう,で幕.難解な議論につきあっていると読了に一週間かかる.しかし心から心へのジャンプがぞっとするほどリアルに書けて (訳されて) いるのは極めて印象的.Umberto Eco の Foucault's Pendulum のイギリス版と言う感じで,強く推薦.
「このズタズタの人生つなぎあわせても、ろくなものになるとは思えない」 そうかなあ
(2008-01-06)
この作品は大学院生アリエルの実生活と呪いの書『Y氏の終わり』とそれに記載された独特の異界・精神ネットワーク世界の多層構造で成り立っています。精神ネットワーク世界の異界像やそこでの近接的作用(空間的・時間的に近いものから徐々に力が及ぶ)による他者の精神・記憶への介入を経て時空の移動をするアイディアは興味深いです。時空、意識の関係性を自在に変換できるようになると知性も進化し全知全能・神性へ接近するという作品最深層部のテーマもOK。アリエルが異界に入り浸ると実在界と虚構界が混交、様々な関係性が多視点的に非虚構と虚構の間で揺らめく浮動感を引き起こすうねりも良好。スキャナーズ風の超能力者同士の追跡劇もまずまず。ただ現代科学思想・哲学に関する衒学的な戯れが少し気になります。
なにも多数の哲学者を引用せずともシュレーディンガーの猫まで引っぱりださずとも、深層に実在論/観念論のせめぎあいや時空は二次的に派生する概念にすぎない(量子重力理論)といった思索などを暗喩として入れ込むことは文学の特権です。衒学的な言説を多用したいなら通俗科学読本でいいんでしょうけどそれにあえて挑み最終的には時間の誕生前の世界を描こうとする作者の心意気は買います。
問題は主人公造型と結末の選択です。アリエルの実際の行動・恋愛観は不器用な自滅型というよりは一見締まりのない短絡的な自堕落型にしか思えません。実在界での虚無から脱却できない三十路女が虚構界へ昇華でなく安易に逃避行してしまっている印象です。生死のプロセスは虚構とは思えません。たとえこの世が虚構界の間にある刹那的世界だとしても多少は挑む姿勢は欲しいです。それが感じられないのはアリエルの生命愛が大きく歪んで見えるからでしょう。これらが意図的な失敗としたら凄い思考実験小説です。本当のインテリジェンスとは?と考えてしまいます。世界の構造に係わりなく命が宝ですよね。
こういうタイプの小説はいままで読んだことがなかった。
(2007-12-24)
本書の要になるのは「Y氏の終わり」という一冊の本だ。この世に一冊しか存在しないといわれる呪われた本。この本に関わった者はみな死んでしまうという。主人公である大学院生のアリエルは、どういう巡りあわせかイギリスの古書店でその本を偶然見つけてしまう。本を読んだアリエルは、その中に書かれていたある行為を実際に試してみることにするのだが、それがこの世の理をひっくり返すことになるような奇妙な冒険への入り口だったのである。
この中に登場する別世界『トロポスフィア』のアイディアが秀逸だ。雰囲気(アトモスフィア)という空(アトモ)と球体(スフィア)からなるギリシャ語由来の合成単語から空(アトモ)を抜きさり、より実体的な特性(トロポス)に入れ替えた造語なのだが、ここでは時間が距離と等価であり、思考が物質となる。なんのことかわからないと思うが、そういう世界なのだ。そしてこの世界を通して、進入した者は他者の頭の中に入ることができるのである。う〜ん、自分でも何いってるのかわからなくなってきたぞ。主人公アリエルはこのトロポスフィアを通して様々な体験をする。あるときは男になったり、あるときは罠にかかったねずみになったり、あるときはねずみを狙う猫になったり。まさにエキサイティングな冒険の数々。そして驚くことなかれ、この思考によるジャンピングによって時間をも遡行できるようになっていくのである。しかし、やがてそんな彼女を追う者があらわれてくる。向こうもトロポスフィアのことを知っているらしい。ということは、相手も自分の頭の中を覗き込めるということなのだ。これがどういうことか考えてみて欲しい。いくらうまく逃げおおせても、相手にはこちらの居場所が筒抜けなのだ。さて、アリエルの運命や如何に?
とても長い物語だが、案外するすると読めてしまう。思考実験や相対性理論が絡んだ文系にはいささか難解な部分もあるのだが、全体的におもしろい読み物となっている。主人公のアリエルがただのインテリ女じゃないってところも気に入ったしね。
とにかくジャンルを特定するのに困ってしまう小説ってのが、おもしろいではないか。ラストも意味深な感じで、神の領域の話にまで広がってしまうし。いわば、ミステリ、SF、ファンタジー、哲学、宗教などなどのあらゆる要素を詰め込んだ、ジャンルミックス小説とでもよべばいいのだろうか。こういうタイプの小説はいままで読んだことがなかった。なかなかおもしろい体験だったなぁ。
おすすめ度:
巨大な規模の現代哲学的魔術の物語
これは途方もない大きさを持つ偉大な文学で,おろそかには扱えない.読んだ人達が皆死ぬか消える話としては,日本にも川又千秋の'幻詩狩り'(1984)がある.この作品では女主人公 Ariel が Jacques Derrida の哲学が好きで,かつ雑誌記者として科学者たちにインタビューを重ねるうちにシュレーディンガーの猫とかオルバースの背理などの思考実験 (独:Gedankenexperiment) に魅せられ,これをテーマに博士論文を書こうと決意し,適当な教授のお蔭でさる大学にも籍を置くことになる.これが呪われた Thomas Lumas の'Y氏の終わり'と出会うきっかけとなり,時空を超えた旅のきっかけになる.現代イギリスの風俗(大学,薬屋,パブなど)の描写は抜群で,逆にイギリスを知らない人には理解困難かも知れないが,訳は完璧である.この魔書が何と事実上全部再録されているのがこの作品の特異な点である.他個体の心(最初は鼠だった)へのジャンプは魔書に記された homeopathy 用の薬の服用による 'troposhere' なる距離が時間に等しい異世界経由でなされるが,次第に直接的なジャンプも可能になる.行方不明になった教授をこの方法で見つけ,魔書の本来の所有者にも会う.CIA agents がこの本を追うので,いっそ19世紀に飛んで本の出版を阻止し,この本が 'なかったことにする' 計画を立て,時間旅行のパラドックスも哲学的に解決し(この部分は Baudrillard の哲学の議論があって難解)実行に移す.大学で同室だった Adam と troposphere の旅を続け,衣服を失い,遂に一本の木がある garden に辿りつく.私はだれでしょう,で幕.難解な議論につきあっていると読了に一週間かかる.しかし心から心へのジャンプがぞっとするほどリアルに書けて (訳されて) いるのは極めて印象的.Umberto Eco の Foucault's Pendulum のイギリス版と言う感じで,強く推薦.
「このズタズタの人生つなぎあわせても、ろくなものになるとは思えない」 そうかなあ
この作品は大学院生アリエルの実生活と呪いの書『Y氏の終わり』とそれに記載された独特の異界・精神ネットワーク世界の多層構造で成り立っています。精神ネットワーク世界の異界像やそこでの近接的作用(空間的・時間的に近いものから徐々に力が及ぶ)による他者の精神・記憶への介入を経て時空の移動をするアイディアは興味深いです。時空、意識の関係性を自在に変換できるようになると知性も進化し全知全能・神性へ接近するという作品最深層部のテーマもOK。アリエルが異界に入り浸ると実在界と虚構界が混交、様々な関係性が多視点的に非虚構と虚構の間で揺らめく浮動感を引き起こすうねりも良好。スキャナーズ風の超能力者同士の追跡劇もまずまず。ただ現代科学思想・哲学に関する衒学的な戯れが少し気になります。
なにも多数の哲学者を引用せずともシュレーディンガーの猫まで引っぱりださずとも、深層に実在論/観念論のせめぎあいや時空は二次的に派生する概念にすぎない(量子重力理論)といった思索などを暗喩として入れ込むことは文学の特権です。衒学的な言説を多用したいなら通俗科学読本でいいんでしょうけどそれにあえて挑み最終的には時間の誕生前の世界を描こうとする作者の心意気は買います。
問題は主人公造型と結末の選択です。アリエルの実際の行動・恋愛観は不器用な自滅型というよりは一見締まりのない短絡的な自堕落型にしか思えません。実在界での虚無から脱却できない三十路女が虚構界へ昇華でなく安易に逃避行してしまっている印象です。生死のプロセスは虚構とは思えません。たとえこの世が虚構界の間にある刹那的世界だとしても多少は挑む姿勢は欲しいです。それが感じられないのはアリエルの生命愛が大きく歪んで見えるからでしょう。これらが意図的な失敗としたら凄い思考実験小説です。本当のインテリジェンスとは?と考えてしまいます。世界の構造に係わりなく命が宝ですよね。
こういうタイプの小説はいままで読んだことがなかった。
本書の要になるのは「Y氏の終わり」という一冊の本だ。この世に一冊しか存在しないといわれる呪われた本。この本に関わった者はみな死んでしまうという。主人公である大学院生のアリエルは、どういう巡りあわせかイギリスの古書店でその本を偶然見つけてしまう。本を読んだアリエルは、その中に書かれていたある行為を実際に試してみることにするのだが、それがこの世の理をひっくり返すことになるような奇妙な冒険への入り口だったのである。
この中に登場する別世界『トロポスフィア』のアイディアが秀逸だ。雰囲気(アトモスフィア)という空(アトモ)と球体(スフィア)からなるギリシャ語由来の合成単語から空(アトモ)を抜きさり、より実体的な特性(トロポス)に入れ替えた造語なのだが、ここでは時間が距離と等価であり、思考が物質となる。なんのことかわからないと思うが、そういう世界なのだ。そしてこの世界を通して、進入した者は他者の頭の中に入ることができるのである。う〜ん、自分でも何いってるのかわからなくなってきたぞ。主人公アリエルはこのトロポスフィアを通して様々な体験をする。あるときは男になったり、あるときは罠にかかったねずみになったり、あるときはねずみを狙う猫になったり。まさにエキサイティングな冒険の数々。そして驚くことなかれ、この思考によるジャンピングによって時間をも遡行できるようになっていくのである。しかし、やがてそんな彼女を追う者があらわれてくる。向こうもトロポスフィアのことを知っているらしい。ということは、相手も自分の頭の中を覗き込めるということなのだ。これがどういうことか考えてみて欲しい。いくらうまく逃げおおせても、相手にはこちらの居場所が筒抜けなのだ。さて、アリエルの運命や如何に?
とても長い物語だが、案外するすると読めてしまう。思考実験や相対性理論が絡んだ文系にはいささか難解な部分もあるのだが、全体的におもしろい読み物となっている。主人公のアリエルがただのインテリ女じゃないってところも気に入ったしね。
とにかくジャンルを特定するのに困ってしまう小説ってのが、おもしろいではないか。ラストも意味深な感じで、神の領域の話にまで広がってしまうし。いわば、ミステリ、SF、ファンタジー、哲学、宗教などなどのあらゆる要素を詰め込んだ、ジャンルミックス小説とでもよべばいいのだろうか。こういうタイプの小説はいままで読んだことがなかった。なかなかおもしろい体験だったなぁ。
Y氏の終わり (ハヤカワ・ノヴェルズ)の関連商品
哀れなるものたち (ハヤカワepiブック・プラネット)
限りなき夏 (未来の文学)
通訳 (海外文学セレクション)
蒸気駆動の少年 [奇想コレクション] (奇想コレクション)
幻影の書
哀れなるものたち (ハヤカワepiブック・プラネット)
限りなき夏 (未来の文学)
通訳 (海外文学セレクション)
蒸気駆動の少年 [奇想コレクション] (奇想コレクション)
幻影の書
