半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)
カスタマーレビュー
おすすめ度:
冗長で散漫なのが欠点
(2008-07-29)
北朝鮮のテロリストが突如福岡を制圧、日本の構造問題が多数噴出するが、異能のはぐれ者の少年達の人知れぬ奮闘と犠牲によって解決される、というお話。作者の現代社会に対する問題意識が全編に盛り込まれており、それを鋭い、興味深い、新しいと思うか、浅い、説教くさい、古くさいと思うかどうかでこの作品の評価は別れるだろう。
荒唐無稽な物語ではあるが、筋立ての魅力と作者の筆力によって娯楽として成立している。一方で、リアリティー創出のための細かい薀蓄(うんちく)と登場人物の掘り下げが行き過ぎており、冗長で散漫なのは顕著な欠点。
白眉(はくび)は、少年達がビルに侵入してテロリストと戦闘を繰り広げるクライマックス。凝縮された時間の中での無常な大量死を描く手腕は見事。丁寧に魂を吹きこまれてきた登場人物が、次々とあっけなく死んでいく様は圧巻。
平和という名のモラトリアム
(2008-06-28)
たった9人の北朝鮮の武装ゲリラが福岡ドームを占拠したら、、そんな奇抜なアイディアにこの物語は現実をシミュレートする。
そのディティールは緻密でリアリティに満ちている。しかし村上龍は「日本国がウロタエる」だけの、ただそのリアリティだけを追及する程度の作家ではない。『昭和歌謡大全集』で生き残ったイシハラをはじめ、社会非適格者である者(多くは少年)たちが、偏向した知識・傑出した感性を用いて無謀にも熟練された兵士相手に立ち向かう姿を希望を込めて描く。
作中、記者や医師からアナウンサーや市職員、更には驚いた事に北朝鮮の兵士まで、あらゆる立場の人間の対応を彼等のバックグラウンドを下敷きに描きながら、感覚的に我々読者に「平和というモラトリアムの中で生きている」事を実感させてくれる。
そして後半、第11章へ突入した時、村上龍が描きたかった総てがまるで汚物のように吐き出される。この章の為にこの小説は書かれたものだとすら思う。この時代を生き抜く、そのヒントがそこにある。
作中の言葉を借りるなら、この本を読むか否か「それはお前の自由だ。」
この作品はフィクションだが、これを読む貴方の心のドキュメントを感じて欲しい一作。
面白い事は面白いのだけれど…
(2008-06-22)
浅田彰が田中康夫との対談の中で『半島を出よ』について語った時の発言があまりにも共感できたのでその一部を抜粋させていただきます。
浅田「ただ、このところ北朝鮮問題が加熱してる、それに便乗した観は否めないな。村上龍の場合、たった数頁でSM嬢の独白とかを書いてるときのほうが世界のリアリティに触れてる感じがある。最近文庫になった『空港にて』みたいな短編集でも、ものすごく鋭いところがある。ところが、『半島を出よ』みたいな大規模なポリティカル・フィクションを構築するとなると、よく言えばちょっと文学的、悪く言えば不器用なトム・クランシーみたいになっちゃうわけ。」
田中「やつは政治経済に行き過ぎたのかもね。内容はどうなの? 面白くない?」
浅田「いや、そこそこ面白の。だけど「こういうのだったらトム・クランシーでいいじゃん」みたいなところはある(笑)」
田中「悩ましいところだな。」
浅田「もう村上龍もSMとかドラッグとかで突っ走る体力がなくなったのかもしれないね。」
(続・憂国呆談より)
体力の衰えはしょうがない。しかしここでこのような形でのポリティカルな小説を構築しようとした村上氏の意図が僕には不鮮明だったし、書く事の必然性も感じられなかった。でもさすがは村上龍だけあり最後まで読ませてはくれる。しかし五分後の世界とヒュウガウィルスさえあればそれで良いとも思う。
リアルなシミュレーションと壮大な物語
(2008-06-17)
この「半島を出よ」という作品は、上巻と下巻で少しスタイルが違っていて、上巻が徹底的にリアルな想像を元に執筆された話であり、下巻はエンターテイメント性を重視した物語へと展開される。それ故、若干上巻・下巻で読者として戸惑ってしまう部分はあったが、全体的にとても楽しむ事が出来た。話のボリュームは多いけれど、作品通してスリリングな展開が広がり、飽きずに読ませてしまうのはやはり流石だと感じた。
この上巻は北朝鮮が日本でテロを起こす事がメインで描かれているが、これに関しては非常に緻密な情報収集を行った上での、一種のシミュレーションといった感じで、前述したように、話が現在の日本の状況に即していて、とてもリアルな緊張感に満ち溢れている。村上龍の戦争小説として、「愛と幻想のファシズム」や「五分後の世界」といったものは、ある条件を最初に設定しておく事で、物語を構成していた故に、読んでいて現実感というものがとても遠くにあった気がするのだが、この小説はとてもタイムリーな話題ゆえ、僕自身、身の毛のよだつような、恐怖を感じる事が出来た。
特筆されるべき点は、様々な人々の目線より作品が構成されていく所だろうと思う。政治家、一般市民、北朝鮮の兵士、マスメディア、社会からはみ出したもの達等、それぞれの価値観の違いがあり、優先するべきものも違う。そういった中で発生する、ほんの少しの認識のズレが、様々な問題を引き起こし、事態はどんどん悪化していく事になる。実際僕がこの人だったら、どういう行動を取ったのだろう?そういった想像をしながら読んでいくと、やはりこの小説に出てくる人々と同じ行動を取らざるを得なかったのではないか?そんな風にも感じさせられる。本当に取らなくてはならない行動を示されていても、それぞれの立場でモノを考えると、とてもややこしい問題が数多く存在し、正しい行動に繋がっていかないように思う。そういう意味で色々と僕自身も考えさせられる事となった。
多くの情報量を含み、読者に飽きさせない緊張感を作品中に張り巡らせた、村上龍の渾身の作品であるように思う。読んで決して損は無い小説だと思う。
恐ろしい未来も考えさせられる
(2008-06-16)
昔、テレビでやってた村上龍さんが司会をしていたトーク番組がありまして、その番組が好きでよく見ていて、その頃にトレンディーっぽい小説を読んだ事があるのですが、こんな社会派でしかもエンターテイメント性のある小説も書かれるとは・・・多才な方だと改めて思いました。
舞台の始まりは2010年。
今より荒廃し貧富の差が激しい感じのする日本から始まります。
そして2011年、9人の武装コマンドが北朝鮮『反乱軍』と名乗り福岡ドームを占拠し、その後援軍などにより福岡を占拠する。
彼らの目的に惑わされた日本側は福岡を閉鎖し、作戦を練るもうまくいかない。
しかし政府とは全く関係なく動き出すグループがあった・・・。
北朝鮮、日本政府、イシハラグループの主に3つの視点から描かれています。
特に北朝鮮の軍での様々な描写が生生しくて気持ち悪いくらいなんだけど、実際のニュースなどで知る北朝鮮の情報を見ると誇張してるようにも見えなくて怖かったです。
最後はどんどん畳み掛けるように進んでいってホントにこんなことが出来るのか?とも思ったけど、北朝鮮でこんな事件というか民衆による革命が起こればいいのにとも思う。
そうなると金日成がなにをしでかすか・・・日本も壊滅するかもしれませんね(-_-;)
そんな恐ろしい未来も考えさせられる小説でした。
おすすめ度:
冗長で散漫なのが欠点
北朝鮮のテロリストが突如福岡を制圧、日本の構造問題が多数噴出するが、異能のはぐれ者の少年達の人知れぬ奮闘と犠牲によって解決される、というお話。作者の現代社会に対する問題意識が全編に盛り込まれており、それを鋭い、興味深い、新しいと思うか、浅い、説教くさい、古くさいと思うかどうかでこの作品の評価は別れるだろう。
荒唐無稽な物語ではあるが、筋立ての魅力と作者の筆力によって娯楽として成立している。一方で、リアリティー創出のための細かい薀蓄(うんちく)と登場人物の掘り下げが行き過ぎており、冗長で散漫なのは顕著な欠点。
白眉(はくび)は、少年達がビルに侵入してテロリストと戦闘を繰り広げるクライマックス。凝縮された時間の中での無常な大量死を描く手腕は見事。丁寧に魂を吹きこまれてきた登場人物が、次々とあっけなく死んでいく様は圧巻。
平和という名のモラトリアム
たった9人の北朝鮮の武装ゲリラが福岡ドームを占拠したら、、そんな奇抜なアイディアにこの物語は現実をシミュレートする。
そのディティールは緻密でリアリティに満ちている。しかし村上龍は「日本国がウロタエる」だけの、ただそのリアリティだけを追及する程度の作家ではない。『昭和歌謡大全集』で生き残ったイシハラをはじめ、社会非適格者である者(多くは少年)たちが、偏向した知識・傑出した感性を用いて無謀にも熟練された兵士相手に立ち向かう姿を希望を込めて描く。
作中、記者や医師からアナウンサーや市職員、更には驚いた事に北朝鮮の兵士まで、あらゆる立場の人間の対応を彼等のバックグラウンドを下敷きに描きながら、感覚的に我々読者に「平和というモラトリアムの中で生きている」事を実感させてくれる。
そして後半、第11章へ突入した時、村上龍が描きたかった総てがまるで汚物のように吐き出される。この章の為にこの小説は書かれたものだとすら思う。この時代を生き抜く、そのヒントがそこにある。
作中の言葉を借りるなら、この本を読むか否か「それはお前の自由だ。」
この作品はフィクションだが、これを読む貴方の心のドキュメントを感じて欲しい一作。
面白い事は面白いのだけれど…
浅田彰が田中康夫との対談の中で『半島を出よ』について語った時の発言があまりにも共感できたのでその一部を抜粋させていただきます。
浅田「ただ、このところ北朝鮮問題が加熱してる、それに便乗した観は否めないな。村上龍の場合、たった数頁でSM嬢の独白とかを書いてるときのほうが世界のリアリティに触れてる感じがある。最近文庫になった『空港にて』みたいな短編集でも、ものすごく鋭いところがある。ところが、『半島を出よ』みたいな大規模なポリティカル・フィクションを構築するとなると、よく言えばちょっと文学的、悪く言えば不器用なトム・クランシーみたいになっちゃうわけ。」
田中「やつは政治経済に行き過ぎたのかもね。内容はどうなの? 面白くない?」
浅田「いや、そこそこ面白の。だけど「こういうのだったらトム・クランシーでいいじゃん」みたいなところはある(笑)」
田中「悩ましいところだな。」
浅田「もう村上龍もSMとかドラッグとかで突っ走る体力がなくなったのかもしれないね。」
(続・憂国呆談より)
体力の衰えはしょうがない。しかしここでこのような形でのポリティカルな小説を構築しようとした村上氏の意図が僕には不鮮明だったし、書く事の必然性も感じられなかった。でもさすがは村上龍だけあり最後まで読ませてはくれる。しかし五分後の世界とヒュウガウィルスさえあればそれで良いとも思う。
リアルなシミュレーションと壮大な物語
この「半島を出よ」という作品は、上巻と下巻で少しスタイルが違っていて、上巻が徹底的にリアルな想像を元に執筆された話であり、下巻はエンターテイメント性を重視した物語へと展開される。それ故、若干上巻・下巻で読者として戸惑ってしまう部分はあったが、全体的にとても楽しむ事が出来た。話のボリュームは多いけれど、作品通してスリリングな展開が広がり、飽きずに読ませてしまうのはやはり流石だと感じた。
この上巻は北朝鮮が日本でテロを起こす事がメインで描かれているが、これに関しては非常に緻密な情報収集を行った上での、一種のシミュレーションといった感じで、前述したように、話が現在の日本の状況に即していて、とてもリアルな緊張感に満ち溢れている。村上龍の戦争小説として、「愛と幻想のファシズム」や「五分後の世界」といったものは、ある条件を最初に設定しておく事で、物語を構成していた故に、読んでいて現実感というものがとても遠くにあった気がするのだが、この小説はとてもタイムリーな話題ゆえ、僕自身、身の毛のよだつような、恐怖を感じる事が出来た。
特筆されるべき点は、様々な人々の目線より作品が構成されていく所だろうと思う。政治家、一般市民、北朝鮮の兵士、マスメディア、社会からはみ出したもの達等、それぞれの価値観の違いがあり、優先するべきものも違う。そういった中で発生する、ほんの少しの認識のズレが、様々な問題を引き起こし、事態はどんどん悪化していく事になる。実際僕がこの人だったら、どういう行動を取ったのだろう?そういった想像をしながら読んでいくと、やはりこの小説に出てくる人々と同じ行動を取らざるを得なかったのではないか?そんな風にも感じさせられる。本当に取らなくてはならない行動を示されていても、それぞれの立場でモノを考えると、とてもややこしい問題が数多く存在し、正しい行動に繋がっていかないように思う。そういう意味で色々と僕自身も考えさせられる事となった。
多くの情報量を含み、読者に飽きさせない緊張感を作品中に張り巡らせた、村上龍の渾身の作品であるように思う。読んで決して損は無い小説だと思う。
恐ろしい未来も考えさせられる
昔、テレビでやってた村上龍さんが司会をしていたトーク番組がありまして、その番組が好きでよく見ていて、その頃にトレンディーっぽい小説を読んだ事があるのですが、こんな社会派でしかもエンターテイメント性のある小説も書かれるとは・・・多才な方だと改めて思いました。
舞台の始まりは2010年。
今より荒廃し貧富の差が激しい感じのする日本から始まります。
そして2011年、9人の武装コマンドが北朝鮮『反乱軍』と名乗り福岡ドームを占拠し、その後援軍などにより福岡を占拠する。
彼らの目的に惑わされた日本側は福岡を閉鎖し、作戦を練るもうまくいかない。
しかし政府とは全く関係なく動き出すグループがあった・・・。
北朝鮮、日本政府、イシハラグループの主に3つの視点から描かれています。
特に北朝鮮の軍での様々な描写が生生しくて気持ち悪いくらいなんだけど、実際のニュースなどで知る北朝鮮の情報を見ると誇張してるようにも見えなくて怖かったです。
最後はどんどん畳み掛けるように進んでいってホントにこんなことが出来るのか?とも思ったけど、北朝鮮でこんな事件というか民衆による革命が起こればいいのにとも思う。
そうなると金日成がなにをしでかすか・・・日本も壊滅するかもしれませんね(-_-;)
そんな恐ろしい未来も考えさせられる小説でした。
