いつか眠りにつく前に [DVD]
カスタマーレビュー
おすすめ度:
それぞれが抱える迷い
(2008-12-18)
病床に伏せているアンが、眠りにつくたび過去に一番愛した人を夢に見る。
そこから始まるアンの人生の物語。
若きアンの親友の結婚式シーンが何とも印象的。
心から愛しているのは別の人だけれど、一緒になれないと知って別の男性との結婚に踏み切る。
その事実を唯一知っていたアンも辛かっただろう。
様々な人の迷いを織り交ぜながら、物語は展開してゆく。
「人生に過ちなんてないのよ」のセリフが心に残る。
女優陣の演技力に弾きつけられる作品です。
<ネタばれ>親から子へ伝える幸せとは何か
(2008-11-17)
映画は現在と過去の二つのパートから構成される。主人公アンを通して物語は描かれます。現在のアンは病床につき死を目前に待つ老女。彼女は数十年前の過去を思い出していた。それは友人ライラの結婚式での思い出。そしてその時の出来事が彼女の頭に鮮明に浮かび上がる。
現在のアン(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)は過去のその出来事を悔いていた。娘のコニー(ナターシャ・リチャードソン)とニナ(トニ・コレット)に看病されながらアンはうわごとのように「ハリス」という男性の名前を口にする。
映画冒頭ではアンは過去の出来事を悔いていたけれども死を覚悟したとき彼女は妊娠している娘ニナに言います。
「過ちなんてないのよ」
と。妊娠でナーバスになっているニナへ、未来を恐れずそしてもし産んだ時そのことを悔いることはないように。死を目の前にすれば過去の出来事なんてそんなに気にしなくていいもの。死を目前にして気づいた母親の、娘への最後のアドバイス。そして死の淵に立たされた人の心の内側を描いた言葉だと思いました。
死を前にして、人は何を想うのか?
(2008-08-21)
死の床についた母のアン。アンに付き添う姉妹コニーとニナ。アンが何度も口にしたのは1人の男性の名、ハリスだった。母のかけがえのない追憶を辿る2人、それは娘たちにとって最高で最期の素晴らしい贈りものだった。
死を迎える者、これを見送る者。その時、人はそれぞれいったい何を想うのだろう?勝ち取った輝かしい栄光、それともこの世への未練、見果てぬ夢への執着、叶わなかった想い、命の尊さ、決別の悲嘆なのだろうか?ラホス・コルタイ監督がスポットライトを浴びせたのは、生の不条理のなかでわずかに宿る充足の光だった。ままならない人生のなかで懸命に踏みしめた足跡、これこそがいとおしく輝くのだ、と。この足跡、母アンの生き様は娘コニーとニナのみならず、鑑賞者に命あることの嬉しさ、生きることの歓びを教えてくれる。そしてなによりも、生きる勇気をあたえてくれるのだ。
女優(の芸)を見せる映画
(2008-08-06)
二人の娘に見守られながら夢うつつでベッドに横たわる老女(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)は確実に近づきつつある死を待っている。彼女の記憶の底から甦ってくるのは、若き日の「過ち」のいきさつ、それに仕事と子育てに苦闘した日々の思い出の断片である。
一人の女性の一代記を語る仕掛けとして老女の回想という枠組みが設えられているというよりはむしろ、死を見つめながら老いを生きる人間の心象風景として来し方から「存在の瞬間」(ヴァージニア・ウルフ)が呼び出されるという趣き。小説でいえばバルザックやディケンズではなくプルーストやウルフに通じる技法である。あわせて、死を前にした老人の心象風景に、新しい命を授かった次女の不安と期待が対置され、人知を超えた生の循環の神秘が暗示される。
ほぼ全編ベッドで横になっている役はさぞ演じるのが難しいと思うが、レッドグレイヴの存在感はさすが。さすがと言えば、若き日の恩讐を乗り越えて老女を暖かく見舞う旧友を演じたメリル・ストリープの貫禄。ストリープの母親役のグレン・クロースもいい。レッドグレイヴの娘時代を演じたクレア・デインズも悪くないし、レッドグレイヴの長女役、ストリープの娘時代をそれぞれの実の娘(ナターシャ・リチャードソンとメイミー・ガマー)が好演するしで、よくも悪くも女優(の芸)を見せる映画になっている。
おすすめ度:
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病床に伏せているアンが、眠りにつくたび過去に一番愛した人を夢に見る。
そこから始まるアンの人生の物語。
若きアンの親友の結婚式シーンが何とも印象的。
心から愛しているのは別の人だけれど、一緒になれないと知って別の男性との結婚に踏み切る。
その事実を唯一知っていたアンも辛かっただろう。
様々な人の迷いを織り交ぜながら、物語は展開してゆく。
「人生に過ちなんてないのよ」のセリフが心に残る。
女優陣の演技力に弾きつけられる作品です。
<ネタばれ>親から子へ伝える幸せとは何か
映画は現在と過去の二つのパートから構成される。主人公アンを通して物語は描かれます。現在のアンは病床につき死を目前に待つ老女。彼女は数十年前の過去を思い出していた。それは友人ライラの結婚式での思い出。そしてその時の出来事が彼女の頭に鮮明に浮かび上がる。
現在のアン(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)は過去のその出来事を悔いていた。娘のコニー(ナターシャ・リチャードソン)とニナ(トニ・コレット)に看病されながらアンはうわごとのように「ハリス」という男性の名前を口にする。
映画冒頭ではアンは過去の出来事を悔いていたけれども死を覚悟したとき彼女は妊娠している娘ニナに言います。
「過ちなんてないのよ」
と。妊娠でナーバスになっているニナへ、未来を恐れずそしてもし産んだ時そのことを悔いることはないように。死を目の前にすれば過去の出来事なんてそんなに気にしなくていいもの。死を目前にして気づいた母親の、娘への最後のアドバイス。そして死の淵に立たされた人の心の内側を描いた言葉だと思いました。
死を前にして、人は何を想うのか?
死の床についた母のアン。アンに付き添う姉妹コニーとニナ。アンが何度も口にしたのは1人の男性の名、ハリスだった。母のかけがえのない追憶を辿る2人、それは娘たちにとって最高で最期の素晴らしい贈りものだった。
死を迎える者、これを見送る者。その時、人はそれぞれいったい何を想うのだろう?勝ち取った輝かしい栄光、それともこの世への未練、見果てぬ夢への執着、叶わなかった想い、命の尊さ、決別の悲嘆なのだろうか?ラホス・コルタイ監督がスポットライトを浴びせたのは、生の不条理のなかでわずかに宿る充足の光だった。ままならない人生のなかで懸命に踏みしめた足跡、これこそがいとおしく輝くのだ、と。この足跡、母アンの生き様は娘コニーとニナのみならず、鑑賞者に命あることの嬉しさ、生きることの歓びを教えてくれる。そしてなによりも、生きる勇気をあたえてくれるのだ。
女優(の芸)を見せる映画
二人の娘に見守られながら夢うつつでベッドに横たわる老女(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)は確実に近づきつつある死を待っている。彼女の記憶の底から甦ってくるのは、若き日の「過ち」のいきさつ、それに仕事と子育てに苦闘した日々の思い出の断片である。
一人の女性の一代記を語る仕掛けとして老女の回想という枠組みが設えられているというよりはむしろ、死を見つめながら老いを生きる人間の心象風景として来し方から「存在の瞬間」(ヴァージニア・ウルフ)が呼び出されるという趣き。小説でいえばバルザックやディケンズではなくプルーストやウルフに通じる技法である。あわせて、死を前にした老人の心象風景に、新しい命を授かった次女の不安と期待が対置され、人知を超えた生の循環の神秘が暗示される。
ほぼ全編ベッドで横になっている役はさぞ演じるのが難しいと思うが、レッドグレイヴの存在感はさすが。さすがと言えば、若き日の恩讐を乗り越えて老女を暖かく見舞う旧友を演じたメリル・ストリープの貫禄。ストリープの母親役のグレン・クロースもいい。レッドグレイヴの娘時代を演じたクレア・デインズも悪くないし、レッドグレイヴの長女役、ストリープの娘時代をそれぞれの実の娘(ナターシャ・リチャードソンとメイミー・ガマー)が好演するしで、よくも悪くも女優(の芸)を見せる映画になっている。
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