<新訳>ガリア戦記
カスタマーレビュー
おすすめ度:
新訳に感謝します。
(2008-10-01)
一晩で読みました。児童書並みに大きな活字でルビさえ振ってありますが、フィッシャー=ディースカウの『シューベルトの歌曲をたどって』くらいの厚さはある単行本です。
カエサルの『ガリア戦記』には、戦争の推移が淡々と書かれているだけで、血が噴き出したとか、切断した両手を積み上げたとか、震え上がったとか、そういった「感情的な」記述はほとんどありません。「見せしめに全員の両手を切断した」。それだけです。でも、そんなに大勢の人間の両手を切断したら、地面は血の海になるだろうし、切断される前に捕らえられた人は非常におびえ、実際に切断されたら物凄い叫び声を上げるでしょう。でも、そういうことは、書いていないし、あたりが血の臭いでいっぱいになった、というような説明は出現しません。これは、解説によるとカエサルが本国ローマでの自分の地位を有利にするために書いた書物なので、そういう描写は目的に沿わなかったでしょう。キケロが名文として絶賛し、ローマ市民がこぞって読んだ『ガリア戦記』を日本語で読む喜びを与えてくれた新訳に感謝します。訳文は中学生でも読めるような平易さ、本編開始前にわかりやすい状況説明、本編中に見やすい注が付けられ、誰でもシーザーのフランス遠征の時代にタイムスリップできます。昔読んだ岩波文庫より、ずっとわかりやすく、興奮しました。
生き生きとしたルビコン河前夜の指揮官カエサル
(2008-09-22)
エドワード・ギボン「新訳・ローマ帝国衰亡史」、面白かったので、
引き続いて手に取りました。
100ページ強の解説、充実していていいです。
ガリア戦記以前のカエサル・・野心家でしたが、まだまだの存在。
現在のフランスであったガリアを平定する過程で、自分の軍隊組織と資金を得て、
ローマ政界のトップに上りつめます。
古代ローマの軍隊・・「エクセルキトゥス」
・・「エクササイズ」の語源であり、
たんに鍛える、のではなく、「常に鍛える」の意。
カエサルの軍隊の強さの秘訣・・
「そのひとつは、上からの指示がなくとも、各兵士が自分でなすべきことを自分で判断
できるようになっていたこと。
これは、それまでの戦闘経験の賜物にほかならない。
もうひとつは、各軍団が陣地の完成まで壕にとどまっていたこと。・・
各指揮官とも、敵の急接近をみるや、みずからの判断で適時、
適切な行動をとったのである。」
指揮官であるカエサル・・でも、自軍が苦境に陥るや・・
「このとき盾を持っていなかったカエサルは、
最後尾の兵士のものをとり上げて、みずから第一戦列へ加わった。
そして百人隊長一人ひとりに声をかけ、同時に、一般の兵卒をも励ましながら、
剣を自由に使えるよう、前に出て隊伍をひらけ、呼ばわった。」
三人称で語る自分を語るカエサル・・
歴史を記す、という意識とともに、
ローマ市民に対する強烈な業績のアピールでした。
ローマを遠く離れ、ガリアの地をホームにして、実に8年。
その間も、ローマに、自分の存在感を示し続けていました。
ルビコン河を渡る前夜でした。
今日のヨーロッパの原型を作った英雄の直筆は、2000年の時を軽く超えて臨場感が瑞々しい
(2008-03-30)
日本が歴史に登場するのは後漢書の東夷伝において、紀元57年に倭の奴国の王の使者が後漢の都洛陽に赴き、光武帝から印綬を受けたと記述されているのが最初である。カエサルは、それを遡ることさらに100年、キリストよりも前の時代に、日本では先史の時代に、ラテン語で自らの業績を記して、それが今日まで伝わっている。そこまでで、既に桁違いである。
2000年を経てなお変わらない人間の思考の整理の仕方に思いを馳せる時、本質を見抜く力、大局観が如何に大切かが胸に染みる。塩野七生のローマ人の物語も素晴らしいが、本人の著作を読むことのインパクトは凄い。翻訳者が100Pも解説を加えていることは特筆に価し、当時のローマ人のような気持ちで読み進めることができる。
→カエサルの遠征記は、公となるや、ローマ市民を熱狂させた。人々はこれを貪り読んだ。
→カエサルはいつも行動が速かった。迅速さによって戦いを有利に導いた。
→ガリー人は戦いにおいて一様に死を恐れなかったが、ドルイドによって霊魂の不滅を教えられていたためである
→カエサルは、大きな忍耐と努力の末、人生の後半になるにつれその真価を発揮した。
→思いは人生を形作る。若いカエサルの胸には、常識的な可能性の範囲を超えた、自分の人生に対する大きな期待があった。
→少年のころから、大事業に対する強い思い入れがあった。
→いかなる困難な状況にあっても、カエサルが落ち着きや積極さを失うことがなかったのは、それゆえである。
→カエサルの気持ちの切り替え方は速い。
不運と見えることも、目標を失わない者にとっては、別の新たな機会となる。しかも、いっそう良い機会であることが少なくない。
読み易くはあるが・・・
(2008-03-04)
送られてきた本を見て、読み仮名がふってあったのをみて少しビックリ。
国原訳のものを数ヶ月に読み(国原訳は10年ほど前にも読んでいます)、その後に新聞に「新訳」なるものの広告が載っていたので読み比べてみました。
まず非常に解りやすく時代背景等を序章として記しているので、この書物にすっと入っていくことができたと思います。そしてとても解りやすく訳してあるので、意味が解らず途中で読み返してみるということは国原訳と比べて格段に少なくなったと感じました。
但し、国原訳のものと比較して、なぜか心が躍ったり、読み進めるうちに寝るのを忘れるというように感じることもなく、簡潔ながらも名文を評されるカエサルの文体とはちょっと違うのではないかと疑念を持ってしまいました。
確かに数ヶ月に同じ書物を二度読んで感動が薄れたという点はあるかと思いますが、国原訳のものも二度目ですから、何か「新訳」に影響されているようにも思いました。
ただし、この(訳)本なら中学生あたりからでも興味を持って十分読破できるのではないかと思います。大人向けには星3つ、中学生〜高校生あたりには星5つという感じでしょうか。
これも新訳
(2008-03-02)
昨今の古典新訳ブーム、ついにカエサルも! かって「シーザーとはオレの事かとカエサル言い」というキャッチ・コピーが評判になったのは、戦後、学校英語教育が英国英語に代わって米国英語が主流になったときである。この本は、古代ローマの英雄、帝政の基礎を築いたユリウス・カエサルの「フランス侵攻紀」である。なるほど、新訳だけあって、読みやすい。といっても、私は既訳を読んでいないのでなんともいえないが・・・・・。
訳者はアテネ・フランセでラテン語を学んだらしいが、冒頭、彼の手になる100ページにもなる「解説」があり、当時の歴史背景を実に巧く描いてくれているので、まことにありがたい。この「解説」を読んだ後、いよいよ、「ガリア戦記」に入っていく。
面白い。2000年前の古代ローマによるガリア、ゲルマニア、そしてブリタンニアへの侵攻紀。カエサルは、必ずしも民主的一辺倒ではなく、結構現地での戦闘においては残酷な事もやっている、両手を切り落とす、民家を焼き払う、あらん限りの乱暴・狼藉をはたらく等々。これらが、正直に描かれている。というのも、ガリー人、ゲルマニー人が極めて野蛮で粗野で、口で言っただけではとてもわかってくれない連中が多いからということらしい。ガリー人、今のフランス人、当時彼らがはいていた"ズボン"は、ローマ人にとっては野蛮人のはきもの、だったようだ。また、彼らの生活・食べ物等にも触れられていて実に興味深い。
現実を忘れて、しばし古代ヨーロッパの世界にどっぷりと浸るのも、まんざら悪くはない。
おすすめ度:
新訳に感謝します。
一晩で読みました。児童書並みに大きな活字でルビさえ振ってありますが、フィッシャー=ディースカウの『シューベルトの歌曲をたどって』くらいの厚さはある単行本です。
カエサルの『ガリア戦記』には、戦争の推移が淡々と書かれているだけで、血が噴き出したとか、切断した両手を積み上げたとか、震え上がったとか、そういった「感情的な」記述はほとんどありません。「見せしめに全員の両手を切断した」。それだけです。でも、そんなに大勢の人間の両手を切断したら、地面は血の海になるだろうし、切断される前に捕らえられた人は非常におびえ、実際に切断されたら物凄い叫び声を上げるでしょう。でも、そういうことは、書いていないし、あたりが血の臭いでいっぱいになった、というような説明は出現しません。これは、解説によるとカエサルが本国ローマでの自分の地位を有利にするために書いた書物なので、そういう描写は目的に沿わなかったでしょう。キケロが名文として絶賛し、ローマ市民がこぞって読んだ『ガリア戦記』を日本語で読む喜びを与えてくれた新訳に感謝します。訳文は中学生でも読めるような平易さ、本編開始前にわかりやすい状況説明、本編中に見やすい注が付けられ、誰でもシーザーのフランス遠征の時代にタイムスリップできます。昔読んだ岩波文庫より、ずっとわかりやすく、興奮しました。
生き生きとしたルビコン河前夜の指揮官カエサル
エドワード・ギボン「新訳・ローマ帝国衰亡史」、面白かったので、
引き続いて手に取りました。
100ページ強の解説、充実していていいです。
ガリア戦記以前のカエサル・・野心家でしたが、まだまだの存在。
現在のフランスであったガリアを平定する過程で、自分の軍隊組織と資金を得て、
ローマ政界のトップに上りつめます。
古代ローマの軍隊・・「エクセルキトゥス」
・・「エクササイズ」の語源であり、
たんに鍛える、のではなく、「常に鍛える」の意。
カエサルの軍隊の強さの秘訣・・
「そのひとつは、上からの指示がなくとも、各兵士が自分でなすべきことを自分で判断
できるようになっていたこと。
これは、それまでの戦闘経験の賜物にほかならない。
もうひとつは、各軍団が陣地の完成まで壕にとどまっていたこと。・・
各指揮官とも、敵の急接近をみるや、みずからの判断で適時、
適切な行動をとったのである。」
指揮官であるカエサル・・でも、自軍が苦境に陥るや・・
「このとき盾を持っていなかったカエサルは、
最後尾の兵士のものをとり上げて、みずから第一戦列へ加わった。
そして百人隊長一人ひとりに声をかけ、同時に、一般の兵卒をも励ましながら、
剣を自由に使えるよう、前に出て隊伍をひらけ、呼ばわった。」
三人称で語る自分を語るカエサル・・
歴史を記す、という意識とともに、
ローマ市民に対する強烈な業績のアピールでした。
ローマを遠く離れ、ガリアの地をホームにして、実に8年。
その間も、ローマに、自分の存在感を示し続けていました。
ルビコン河を渡る前夜でした。
今日のヨーロッパの原型を作った英雄の直筆は、2000年の時を軽く超えて臨場感が瑞々しい
日本が歴史に登場するのは後漢書の東夷伝において、紀元57年に倭の奴国の王の使者が後漢の都洛陽に赴き、光武帝から印綬を受けたと記述されているのが最初である。カエサルは、それを遡ることさらに100年、キリストよりも前の時代に、日本では先史の時代に、ラテン語で自らの業績を記して、それが今日まで伝わっている。そこまでで、既に桁違いである。
2000年を経てなお変わらない人間の思考の整理の仕方に思いを馳せる時、本質を見抜く力、大局観が如何に大切かが胸に染みる。塩野七生のローマ人の物語も素晴らしいが、本人の著作を読むことのインパクトは凄い。翻訳者が100Pも解説を加えていることは特筆に価し、当時のローマ人のような気持ちで読み進めることができる。
→カエサルの遠征記は、公となるや、ローマ市民を熱狂させた。人々はこれを貪り読んだ。
→カエサルはいつも行動が速かった。迅速さによって戦いを有利に導いた。
→ガリー人は戦いにおいて一様に死を恐れなかったが、ドルイドによって霊魂の不滅を教えられていたためである
→カエサルは、大きな忍耐と努力の末、人生の後半になるにつれその真価を発揮した。
→思いは人生を形作る。若いカエサルの胸には、常識的な可能性の範囲を超えた、自分の人生に対する大きな期待があった。
→少年のころから、大事業に対する強い思い入れがあった。
→いかなる困難な状況にあっても、カエサルが落ち着きや積極さを失うことがなかったのは、それゆえである。
→カエサルの気持ちの切り替え方は速い。
不運と見えることも、目標を失わない者にとっては、別の新たな機会となる。しかも、いっそう良い機会であることが少なくない。
読み易くはあるが・・・
送られてきた本を見て、読み仮名がふってあったのをみて少しビックリ。
国原訳のものを数ヶ月に読み(国原訳は10年ほど前にも読んでいます)、その後に新聞に「新訳」なるものの広告が載っていたので読み比べてみました。
まず非常に解りやすく時代背景等を序章として記しているので、この書物にすっと入っていくことができたと思います。そしてとても解りやすく訳してあるので、意味が解らず途中で読み返してみるということは国原訳と比べて格段に少なくなったと感じました。
但し、国原訳のものと比較して、なぜか心が躍ったり、読み進めるうちに寝るのを忘れるというように感じることもなく、簡潔ながらも名文を評されるカエサルの文体とはちょっと違うのではないかと疑念を持ってしまいました。
確かに数ヶ月に同じ書物を二度読んで感動が薄れたという点はあるかと思いますが、国原訳のものも二度目ですから、何か「新訳」に影響されているようにも思いました。
ただし、この(訳)本なら中学生あたりからでも興味を持って十分読破できるのではないかと思います。大人向けには星3つ、中学生〜高校生あたりには星5つという感じでしょうか。
これも新訳
昨今の古典新訳ブーム、ついにカエサルも! かって「シーザーとはオレの事かとカエサル言い」というキャッチ・コピーが評判になったのは、戦後、学校英語教育が英国英語に代わって米国英語が主流になったときである。この本は、古代ローマの英雄、帝政の基礎を築いたユリウス・カエサルの「フランス侵攻紀」である。なるほど、新訳だけあって、読みやすい。といっても、私は既訳を読んでいないのでなんともいえないが・・・・・。
訳者はアテネ・フランセでラテン語を学んだらしいが、冒頭、彼の手になる100ページにもなる「解説」があり、当時の歴史背景を実に巧く描いてくれているので、まことにありがたい。この「解説」を読んだ後、いよいよ、「ガリア戦記」に入っていく。
面白い。2000年前の古代ローマによるガリア、ゲルマニア、そしてブリタンニアへの侵攻紀。カエサルは、必ずしも民主的一辺倒ではなく、結構現地での戦闘においては残酷な事もやっている、両手を切り落とす、民家を焼き払う、あらん限りの乱暴・狼藉をはたらく等々。これらが、正直に描かれている。というのも、ガリー人、ゲルマニー人が極めて野蛮で粗野で、口で言っただけではとてもわかってくれない連中が多いからということらしい。ガリー人、今のフランス人、当時彼らがはいていた"ズボン"は、ローマ人にとっては野蛮人のはきもの、だったようだ。また、彼らの生活・食べ物等にも触れられていて実に興味深い。
現実を忘れて、しばし古代ヨーロッパの世界にどっぷりと浸るのも、まんざら悪くはない。
検 索
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